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介護空白地帯を歩く/ケアマネが見つからない街。【前編】高齢者が暮らす大規模市営住宅で今何が起きているのか

2026.08.20 Thu

「神戸市北区の利用者さんを、お願いできませんか」
2026年6月、明石市にあるロジケアの居宅介護支援事業所に、一本の相談が入った。

連絡してきたのは、神戸市北区の地域包括支援センターだった。
近隣でケアマネジャーが見つからず、明石や灘区にまで依頼先を探しているという。

なぜ、遠く離れた明石にまで相談が届いたのか。

なぜ、この地域でケアマネジャーが見つからないのか。

北鈴蘭台で、いま何が起きているのか。
その背景を追った。

北鈴蘭台駅


「明石のケアマネに頼むしかない」。その距離が異常事態を物語っていた

相談を受けたケアマネジャーの中来田氏は、最初の印象をこう振り返る。

「明石から、行けない距離ではないかなと思ったんです」

しかし、ロジケア代表の佐野氏の捉え方は違った。

「通常は行かないですよ」

居宅介護支援には、事業所ごとに通常のサービス提供地域がある。
区域を越えてケアマネジメントを行うこと自体はできる。問題は距離だ。
明石から北鈴蘭台周辺まで往復すれば、約2時間かかる。

さらにケアマネジャーの仕事は、月に一度利用者宅を訪ねれば完結するものではない。

訪問介護、訪問看護、リハビリ、福祉用具。
地域の診療所やデイサービス。
自治会や民生委員、住民同士の集まり。

そうした地域の社会資源を知り、利用者の暮らしとつなぐこともケアマネジメントの重要な役割である。

土地勘のない遠方のケアマネが、一人ひとり地域を調べながら担当する。
それが数人ならまだしも、何十人もの高齢者に必要となればどうなるのか。

佐野氏が「NO」と回答した理由は、そこだった。

そして取材時点で、7月末までにロジケアへ届いていた相談は約20件。

そのうち約15件が桜の宮住宅の住民だったという。
中来田氏によれば、その多くが独居の高齢者だった。

全11棟 神戸市北区 市営桜の宮住宅



全国で進む公営住宅の建て替え。そこにはらむ介護問題

神戸市北区の市営桜の宮住宅は、1969~1972年に建設された。
管理戸数は2,299戸。神戸市内最大規模の市営住宅団地だった。

老朽化が進んだため、神戸市は2014年に建替事業の基本方針を策定し、段階的に再整備を進めてきた。第2期では市営住宅800戸、8棟を整備する計画となっている。

若年・子育て世帯向け住戸のほか、民間戸建住宅や生活利便施設も計画された。新しい住宅はバリアフリー化され、段差の少ない歩行空間も整えられている。

実際に現地を歩くと、市営住宅というより一般的なマンションのように見える。
駅が近い。
コンビニやスーパー、ドラッグストアもある。

中来田氏も、初めて現地を訪れたとき、
「すごくきれいなマンションみたい」
と感じたという。

こうした公営住宅の建て替えは、桜の宮住宅だけの話ではない。
国土交通省によれば、全国の公営住宅は昭和50年代以前に建設されたものが半数以上を占める。

老朽化した住宅をどう更新していくか。
神戸市だけではない、全国の自治体が直面している課題である。

では、建物を新しくしたあと、そこで暮らす高齢者を支える介護の仕組みまで更新されているのだろうか。

新しく建て替わった 神戸市北区 市営桜の宮住宅


高齢化したニュータウンに、在宅介護の「密度問題」が起きる

神戸市北区の鈴蘭台周辺は、高度経済成長期に住宅開発が進み、神戸市街地へ通勤するベッドタウンとして発展してきた。

当時の神戸では、急増する人口の受け皿として、山麓部や内陸部で大規模な住宅開発が進められた。象徴的なのが、後に「山、海へ行く」と呼ばれた神戸独自の開発手法である。

六甲山系の山を削り、跡地を住宅地として造成する。そこで出た土砂を使って臨海部を埋め立てる。山側と海側を同時に開発することで、神戸は急速な人口増加と産業用地の需要に応えてきた。

そして半世紀以上が経った。

当時つくられた郊外住宅地では、住民と建物の双方で高齢化が進んでいる。ここで問題になるのが、在宅介護の「密度」だ。

佐野氏は、郊外には在宅サービスが成立しにくい構造があると指摘する。

訪問介護や訪問看護は、提供したサービスに対して介護報酬が支払われる従量制で設計されている。利用者宅が近距離に集まっていれば、スタッフは効率よく訪問できる。

一方、住宅がまばらに点在する地域では、次の利用者宅までの移動に時間を取られる。一軒ごとの移動時間が長くなっても、同じように介護報酬が増えるわけではない。
デイサービスも同様だ。送迎範囲が広がるほど、人員も車両も時間も必要になる。

佐野氏はこの構造について、

「郊外は効率が悪く、在宅サービスが手薄になりがちなんです」

と話す。

つまり、単純に「介護事業者が高齢者のいる地域に来たがらない」という話ではない。人材不足だけでもない。

同じ介護報酬でも、利用者がどれだけ近くに密集して暮らしているかで、事業の成立しやすさが変わる。

もともと在宅介護の社会資源が潤沢ではなかった地域に、大規模な住宅再編が重なった。
そこで、高齢者の暮らしを支える側のキャパシティが追いつかなくなった。

小学校とタワマンの問題に似ている。
湾岸エリアなどに大規模なタワーマンションが建ち、短期間に大量のファミリー世帯が転入する。ところが、地域の小学校の受け入れ人数は急には増やせない。
結果として、既存の学校だけでは子どもたちを受け止めきれなくなり、遠方の小学校へバス通学を余儀なくされる。

桜の宮住宅で起きていることは、いわばその「高齢者・介護版」ではないだろうか。

住宅はつくれる。
しかし、そこに暮らす人が一気に増えたからといって、ケアマネジャーや訪問介護員、看護師、デイサービスまで同時に増えるわけではない。

北鈴蘭台  市営桜の宮住宅


介護保険が受けられない「介護難民」
問題

切実なのは、高齢者本人だ。中来田氏はこう話す。

「必要だから認定を受けても、ケアマネージャーがいないと、必要な資源が届かない」

介護保険制度では、市町村が保険者となる。40歳以上の人が制度を支え、必要になったときに介護保険サービスの給付を受ける仕組みだ。

だから佐野氏は、ケアマネが見つからない介護難民状態に強い問題意識を持つ。

「強制的に保険料を徴収しているのに、必要なサービスにつながらない。それでいいのか」

という問いである。火災保険を払っているのに火事が起きても保険が降りない。任意保険に加入しているのに事故を起こしても保険が支払われない。そんなことが今、介護保険で起きている。法的に問題があるのでは無いのだろうか。

制度上は「ケアマネが見つからなければ介護サービスを一切使えない」わけではない。
神戸市では、本人や家族がケアプランを作る「セルフケアプラン」も認めている。とはいえ、その場合は本人や家族が制度を理解し、サービス事業者との契約や連絡調整、給付管理に関わる手続きを担うことになる。高齢者にとって、その煩雑な手続きはハードルが高い。

制度として道があることと、日常生活の中で実際に利用できることは別の話だ。

「誰に相談したらいいかわからない」

その間を埋めるのが、本来ケアマネジャーや地域包括支援センターの役割なのである。

株式会社ロジケア代表取締役社長 佐野氏


住宅整備と福祉の受け皿のズレ

ここで、シンプルな疑問が浮かぶ。

「これだけ大規模に市営住宅を建て替えるなら、
なぜ介護の受け皿もセットで考えられなかったのか?」

市営住宅という性質上、高齢者を含む住宅困窮世帯の入居は当然想定される。

まして、もともと高齢化が進み、居宅介護支援や訪問介護・訪問看護、デイサービスといった在宅介護の社会資源が手薄になりやすい地域だ。

北区は市内でも面積が広く、住宅地や利用者宅が広い範囲に分散している。人口密度が低い地域ほど、在宅サービスの事業効率が下がり、結果として社会資源が手薄になりやすい。

つまり、もともと在宅介護の受け皿が厚くない地域に、大規模な住宅再編が重なったのである。

ただし、ここには介護保険制度上の事情がある。
介護サービスには、行政が事業者を公募できるものと、公募できないものがある。

例えば、ケアマネジャーが所属する居宅介護支援事業所や、訪問介護、訪問看護などは、
基本的に民間事業者が自ら開設を判断し、行政へ「指定申請」を行う。人員や設備などの基準を満たせば、指定を受けて介護保険サービスを提供する仕組みだ。

つまり行政が、
「この地域にはケアマネが足りないから、ここに居宅介護支援事業所をつくろう」
「訪問介護が少ないから、ここに一つ配置しよう」

と自由に事業所を置けるわけではない。

一方、行政が地域の需要を踏まえ、事業者を募って整備を進められるサービスもある。
対象には、小規模特別養護老人ホーム、認知症高齢者グループホーム、小規模多機能型居宅介護などがある。

その一つに、佐野氏が構想する看護小規模多機能型居宅介護、通称「看多機」も含まれる。

だからこそ佐野氏は、こう話す。

「やっぱり、それはセットで考えてほしかった。住宅をつくる時に合わせて、公募もしてほしかった」

すべての介護サービスを行政が公募できるわけではない。それでも、行政が整備に関与できるサービスについては、住宅の建替えと同じ時間軸で準備できなかったのか。

実際、桜の宮住宅の第2期建替事業は2019年に始まり、新しい住宅は2023年から完成し始めた。
一方、高齢者施設などの整備・運営事業者の公募が始まったのは2026年である。住宅への入居と、福祉の受け皿づくりとの間に数年単位の時間差が生まれているのである。

さらに、もう一つ気になる点がある。

今回、公募の対象となったのは、入所や通い、泊まりなどを組み合わせて高齢者を支えるサービスが中心だ。

一方、ロジケアが7月末から実際に受け始めた相談では、

「筋力が落ちてきた」

「運動したい」

「リハビリをしたい」

といった声が寄せられている。
まだ自宅で暮らせる段階の高齢者が、身体機能を維持しながら生活を続けたいというニーズだ。

こうした人たちに必要なのは、介護度が重くなってからの受け皿だけではない。

ケアマネジャーが生活全体を組み立てる居宅介護支援。自宅へ入る訪問看護やリハビリ。そして必要に応じた訪問介護。

要支援や比較的軽度な段階から、在宅生活を支えるサービスが地域に十分あることも重要ではないだろうか。

ところが、現実にはその入口となるケアマネジャーさえ見つからない。

地域包括支援センターは、近隣だけでは依頼先を確保できず、明石や灘区にまで範囲を広げてケアマネジャーを探しに奔走していた。

株式会社ロジケア代表取締役社長佐野氏とロジケアあかし管理者/主任ケアマネジャーの中来田氏


住宅は新しくなった。では、この街の「老後」を誰が支えるのか

新しい桜の宮住宅には、段差の少ない歩行空間が整えられている。公道から高低差のある敷地内へはエレベーターが設置され、各棟もバリアフリーに配慮された設計だ。

スーパー、コンビニ、ドラッグストア。
クリニックや駅も近い。

生活利便性は高く、外観も市営住宅というより、真新しいマンションのように見える。

しかし、高齢者が在宅で暮らし続けるために必要なのは、建物だけではない。

体が弱ったとき相談する人。
介護サービスを組み立てるケアマネジャー。
在宅生活をサポートする訪問介護・訪問看護。
身体機能を保つリハビリ。
外に出るきっかけ。
そして、近所や地域とのつながり。

高齢者が一人で暮らし続けるためには、こうした「見えないインフラ」が必要になる。

2026年7月28日。ロジケアのケアマネジャー中来田氏は、この地域で利用者との面談を始めた。

取材時点では、まだわずか2日目。それでも、すでに約20件の依頼が届いていた。

住宅をつくることと、高齢者がそこで暮らし続けられる環境をつくることは、同じではない。

では、この街の老後を誰が、どう支えていくのか。

次回は、当初この依頼に「NO」と答えた佐野氏が、なぜわずか数日後には鈴蘭台に拠点を構えることを決めたのか。

そしてロジケアがこの地域で始めようとしている、「介護が必要になる前から支える在宅ケア」を追う。

桜ノ宮市営住宅画像 公道からの敷地内へアクセスできるエレベーター