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社会課題・しくみ・NEWS読み解き
2025.12.23 Tue
「倒産過去最多」と「事業所数は増加」という
一見矛盾する数字の裏側で、
訪問介護の現場に何が起きているのかを、
現場の視点から紐解いていきます。
「訪問介護事業所の倒産が過去最多」。
最近、そんなニュースを目にした方も多いと思います。
実際、2023年末には、わずか3か月で560件もの訪問介護事業所が
休止・廃止したというデータが出ました。ところが同じ期間、新たに開設された事業所は約570件。
数字だけを見ると、10件の増加。事業所数は減っていない。
しかし、この数字をもって「訪問介護はそこまで深刻ではない」
と判断するのは、現場感覚からすると非常に危うい。
なぜなら、この新規開設の中身を見ていくと、
増えているのは、地域のお宅を一軒一軒回る訪問介護ではなく、
サービス付き高齢者向け住宅などに併設された事業所が中心だからです。


https://www.joint-kaigo.com/articles/33183/
出展:「訪問介護事業所の休廃止が過去最多に」Joint介護
まず知ってほしいのは、
今の訪問介護は、実質的に二つに分かれているということです。
【引用】
訪問介護には「地域の家を個別に訪問介護する」ものと
「サービス付き高齢者向け住宅などで訪問介護する」ものの2つに分けられます。この2つを比較すると、前者は利益率が低く、後者は高いのです。
家の戸別訪問は移動に費用や時間がかかるのに対し、
高齢者向け住宅は集中的に訪問できるため、利益率が高いのです。――前田崇博教授(大阪総合保育大学短期大学部)

出典:「訪問介護の倒産が過去最多に それでも事業所数が減らない理由」Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/608037dedb4c194f14f32a94eaa137edf28c8989?page=1
私たちが長年やってきたのは、前者の地域型の訪問介護です。
一軒一軒、地域の家を回り、暮らしを支える。
一方で増えているのが、
サ高住などの集合住宅に併設された訪問介護です。
101号室、102号室、103号室と同じ建物内を効率よく回れるため、多ければ一日15件、20件対応できることもあります。
この二つは、
同じ「訪問介護」という名前がついていますが、
仕事の環境も、負担も、収益構造も、まったく別物です。
現場の感覚と、各種データは一致しています。
【引用】
NPO法人高齢社会をよくする女性の会の石田路子副理事長は、
「地域のお宅を1軒1軒回っている事業所が休止・廃止となっている」と指摘しています。一方で、日本介護福祉士会の及川ゆり子会長は、
「集合住宅に併設されている事業所が増えている」と述べています。また、連合の小林司総合政策推進局・生活福祉局長も、
「集合住宅に併設されている事業所か、そうでない事業所か、
相互の増減を丁寧に見て影響を把握する必要がある」としています。
出典:「訪問介護事業所の休廃止が過去最多」Joint介護
https://www.joint-kaigo.com/articles/33183/
つまり、
倒産・休止・廃止が相次いでいるのは、地域のお宅を一軒一軒回る「地域型」の訪問介護であり、
一方で、増えているのは、サービス付き高齢者向け住宅などに併設された「集合住宅型」です。
これが、
「倒産件数は増えているのに、事業所数は減っていない」
という、一見すると分かりにくい数字のからくりです。
はっきり言います。
地域型の訪問介護は、住宅密集地の都市部以外、戸建てが多い地方や田舎では、
今の報酬体系では経営が成り立たなくなっています。
地方では、一軒訪問するのに
往復30分、1時間かかることも珍しくありません。
それでも、
都市部でエレベーターを降りて数分で行ける家と、
同じ報酬です。
一分で行けても、
一時間かけて行っても、
もらえるお金は一緒。
これは「努力で何とかなる」問題ではありません。
一日に回れる件数が、
6件から5件に落ちるだけで売上は約2割減。
そこに、基本報酬の引き下げ、人手不足、最低賃金の上昇が重なれば、
「もう頑張りようがない」という感覚になるのは自然です。
実際、多くの地域型事業所は、
潰れたというより、
「ここまでやったから、もういいだろう」
と静かに撤退しています。
そんな中で行われたのが、
訪問介護の基本報酬引き下げでした。
正直、冗談かと思いました。
人が足りない、回れない、辞めていく。
現場の逼迫がはっきり見えているこの状況で、
「まだ下げるのか」と。
処遇改善加算で手当てすると言われても、
加算は要件が複雑で、いつまで続くか分からない。
そんな不確かなお金を、
職員の給料にそのまま乗せることはできません。
給料は一度上げたら簡単には下げられない。
だから事業所は、
「来年なくなるかもしれないお金」を前提に
賃金を上げる決断ができないのです。
一方で、基本報酬は事業の土台です。
ここを下げられたら、
特に地域型の訪問介護は持ちません。
「もっと頑張れ」と言われても、
もう頑張りようがない。
この改定は、多くの事業者に
「もういいだろう」と思わせる決定打になりました。
最近、「若い労働力を生産性のない介護に使うな」という過激な声をSNSなどで見かけます。
でも、訪問介護は
現役で働く人たちの親を、社会が代わりに支える仕事です。
保育園がなければ、親は働けない。
同じように、訪問介護がなければ、
子ども世代は仕事を続けられない。
これは社会保障の話であると同時に、
日本経済全体の話です。

「訪問介護がなくなったら、施設に入れればいい」そう言う人もいます。
でも、施設に入れば、月々10万~20万円かかるのが現実です。
在宅で訪問介護とデイサービスを使えば、
月2~3万円で済んでいた支援が、
一気に桁違いの負担になります。
この差額を、子ども世代が払い続けられますか?
今の40代、50代は、子どもが高校生、大学生になり、
人生で一番学費がかかる時期です。
同時に、企業の中では、現場を回し、人をまとめ、
リーダーシップを担う重要な役割を任される年代でもあります。
一番働き、一番社会を支えている世代に、
介護の負担をすべて押し戻していいのか。
介護事業者が「報酬を上げてくれ」と言うと、
どうしても自分たちのための主張に見えてしまいます。
でも本来、声を上げるべきなのは、安心して働き続けたい現役世代、
とりわけ女性たちなのだと、私は思います。
訪問介護があるから、親のことをすべて自分で背負わずに済む。
仕事を辞めずに済む。
これは介護事業者の問題ではなく、生活者の問題です。
かつて、「保育園落ちた、日本死ね」
という声が、社会を動かしました。
今、訪問介護の現場で起きていることも、
本質的には同じところに来ています。
訪問介護事業所は、一度なくなってしまえば、再起は簡単ではありません。
人も、経験も、地域との関係も、
一度途切れれば戻らない。
これは介護業界の話ではありません。
この国が、働きながら、親も安心して暮らせる社会を守れるかどうかその分岐点に、今、私たちは立っています。
「集合住宅に併設されている事業所か、そうでない事業所か、相互の増減を丁寧にみて影響を把握する必要がある」
――小林司氏(連合 総合政策推進局・生活福祉局長)
出典:「訪問介護事業所の休廃止が過去最多」Joint介護
https://www.joint-kaigo.com/articles/33183/
まさに今、求められているのはそこです。
訪問介護をひとまとめにしたままでは、
地域型が消え、集合住宅型だけが残る流れは止まりません。
やるべきことは、はっきりしています。
訪問介護事業所は、
一度なくなってしまえば、再起は簡単ではありません。
人も、経験も、地域との関係も、
一度途切れれば戻らない。
なくしてから気づいても、もう遅い。
これは、介護業界だけの問題ではありません。
この国が、
「働きながら、親も安心して暮らせる社会」を守れるかどうか
その根幹に関わる話です。
株式会社ロジケア
代表取締役 社長 佐野 武
Takeshi SANO