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社会課題・しくみ・NEWS読み解き
2026.01.26 Mon
樋口 正人 氏 エリアマネージャー
看護・介護の経歴を経て現在は株式会社ロジケアの管理業務を担うエリアマネージャー/係長。
田槇 一葉 氏 訪問介護員
2021年4月ロジケア入社。ヘルパー歴5年目、ロジケア歴5年目。ロジケアあしや定期巡回・随時対応型訪問介護看護事業。
今日は少し重たいテーマでお願いしようと思っています。
訪問介護の仕事をしていると、どうしても避けられない「利用者さんの死」についてです。
これから訪問介護を考えている人や、
介護の仕事自体に興味はあるけれど、
「人の死に関わるのが怖い」という理由で一歩踏み出せない人も多いと思っています。
会社として、現場として、
実際にどう捉えて、どう対応しているのか。
今日はなるべく現場の目線で、率直に語ってもらえたらと思います。
田槇さんは、これまで利用者さんの死に遭遇したことはありますか。
……はい。
あります。
何回くらい?
えっと……3回ぐらいですね。
在職5年で3回、というのは、体感としては多い方なんでしょうか。
そうですね……。
多いか少ないかって言われると、
正直「当たる人は当たる」っていう感じかな、と思います。
一度もない人もいますし、
歴がもっと長くても、まだ一度も遭遇していない人もいます。
在職年数を考えると、田槇さんは多い方だと思います。
ただ、これは経験値とか、仕事の丁寧さとは全然関係なくて。
本当に、巡り合わせというか、
たまたまその時間、その訪問に入っていた、
という要素が大きいですね。
最初に遭遇したのは何年目くらいでした?
2年目ですね。
2年目。
正直、びっくりしました?
びっくりはしました。
この仕事をしていたら、訪問したら亡くなっていた、という現場は
いつか来るだろうなとは思ってたんですけど……。
やっぱり、実際に現場に立つと、
ちょっと動揺したりはしましたね。
訪問した瞬間に、何か違和感があったとか。
あの……
入室して、いつも通り挨拶をさせていただいたんですけど、
返事が返ってこなかったんです。
で、「寝てはるのかな?」と思って、
いつもより大きな声で挨拶したんですけど、
それでも反応がなくて。
その時は、結構焦りました。
前の訪問では、何か予兆みたいなものは?
特になかったです。
いつも通りの訪問かな、って思ってました。
じゃあ、本当に突然。
そうですね。
そのとき、最初に何をされたんですか。
まず、
いつもより大きな声で挨拶を繰り返したり、
呼びかけをしたりしました。
それでも反応がなかったので、
「そろそろやばいかも」って思いながら、
脈を取りました。
現場には一人でしたよね。
そうですね。
私一人でした。
その状態で判断するのは、かなり怖いですよね。
もう、その場の空気感で、
「あ、これは普通じゃないな」っていうのはわかったので。
だから、自分で何とかしようというより、
もう上司に連絡して、指示を仰ぐしかないなって思いました。
電話をすることで、少し落ち着いたりは?
ありました。
訪問医だったりとかに連絡して、って言われたときに、
「あ、次これをやればいいんだ」って。
次の行動が見えた、って感じですね。
樋口さん、管理側としては、
こういう第一報を受けたときのルールやフローってどういう感じなんでしょう。
利用者さんの死に関して、
それ専用の特別なフローがあるかというと、そういう形ではないんですね。
というのも、
「亡くなっているかもしれない」という場面って、
現場では最初からそう判断できるわけではなくて、
異常や急変が起きているかもしれない、という状態から始まることがほとんどなので。
だから会社としては、
「何かいつもと違う」「判断に迷うことがあったら、
まずは必ず一報を入れる」というところを、
入社時から一貫して伝えています。
利用者さんの死に限らず、
体調の急変や異常時と同じように、
まずは報告する、という動きが基本になっています。
「動かさない、触れない」という話も出ていましたが。
現場保存ですね。
警察の視点から見ると、
何か事件性があるんじゃないか、と疑われないために
むやみに物を動かさない、触れない、という意味合いです。
ただ、
普通の人が異常を感じたら、
声をかけたり、揺らしたり、脈を取ったりはすると思うので、
そこは一定、理解される部分ではあると思います。
医療行為はできませんし、
まずは第一報を入れる、というところが大事ですね。
※補足:なぜ警察の聴取が入るのか
在宅で亡くなった場合、
医師や看護師が立ち会っていなければ、その場で死因を確定できません。
そのため警察が介入し、
病死・事故死・事件性の有無を確認します。
これは疑っているというより、
手続きとして行われるもので、
施設・在宅を問わず共通した対応です。
警察が来たとき、正直どんな気持ちでした?
ドキドキしました。
正直、「自分が疑われてたらどうしよう」って思いました。
どんなことを聞かれるんでしょうか。
発見時の状況とか、
利用者さんの体に対して何かしたかとか、
自分の名前と職業とかですね。
拘束時間も長くなることがある?
1時間ぐらいあったこともありました。
いつ終わるかわからなくて、上長やサ責にも
「終わり次第連絡します」って返すしかなかったです。
訪問先のシフトを回す裏側としては、正直かなり大打撃です。
時間が見えない中で、
周りのスタッフに分配してフォローするしかない。
一段落してから、心の反動はありました?
ありましたね。
動揺もしたし、びっくりもしたし、
ちょっと泣いちゃったりもしました。
「あれでよかったんかな」って考えたりもしました。
その後もずっと重く引きずる感じはありましたか?
意外と、それはなくて。
「起こってしまったものは仕方ない」って思って、
次、次、って切り替えてました。
ただ、直後の2~3日は、やっぱり衝撃は残ってましたね。
もし、これから訪問介護に入ってくる新人さんに、
「こういう場面に遭遇したらどうしたらいいか」
田槇さんが声を掛けるとしたら、どんなことを伝えますか。
まず、
「起こるかもしれない仕事だ」っていうことは、
ちゃんと頭に入れておいてほしいな、と思います。
そのうえで、
実際に起きたときは、
一人で何とかしようとしなくていいから、
すぐ上司に連絡してほしい、って。
怖いし、焦るし、
頭の中が真っ白になると思うんですけど、
その判断を一人で背負わなくていい仕事なので。
あと、
終わったあとにしんどくなったら、
「しんどいです」って言っていいと思います。
我慢しなくていいし、
話を聞いてもらうだけでも、全然違うので。
樋口さんは、
利用者さんの死に遭遇した職員に対して、
どんな言葉を掛けるようにしていますか。
まずは、
「大丈夫だった?」って聞きます。
で、
「ちゃんと対応できてたよ」
「間違ってなかったよ」
っていうのは、必ず伝えるようにしています。
その人がどう感じたか、
怖かったのか、混乱したのか、
そこを聞いた上で、
「しんどかったら、今日は無理しなくていい」
「しばらく様子見よう」
っていう話もします。
仕事として切り替えなきゃいけない部分はありますけど、
感情まで切り替えろ、とは思っていないので。
ここから少し、視点を変えてお聞きしたいんですが。
一人で亡くなられると、どうしても「孤独死」という言葉で語られがちです。
現場を長く見てきた立場として、
樋口さんはこの言葉をどう受け止めていますか。
そうですね……。
「孤独死」っていう言葉、すごくインパクトが強いと思うんです。
でも、
本当に孤独だったのか、
それを誰が決めるんだろう、って思うんですよね。
死って、いつ来るかわからないし、
どこで迎えるかも、正直その瞬間にならないとわからない。
世間的には、最期は病院で亡くなるイメージが強いですよね。
そうですね。
病院で亡くなるのが「正解」で、
家で亡くなるのが「失敗」みたいな、
そういう空気もまだあると思っていて。
でも現場で見ていると、
「病院で最期を迎えたいから病院に行く」
って言う人は、ほとんどいないです。
多くは、
「できることなら家にいたい」
「ギリギリまで家で過ごしたい」
そういう思いを持っている。
それを、
医療や介護がつないで、
結果として家で亡くなった。
それを全部まとめて
「孤独死」って言ってしまうのは、
ちょっと違うんじゃないかな、と思っています。
本人が望んでいた場所で、
本人の生活の延長線上で、
最期を迎えられたとしたら。
それは、
不幸な出来事として片づけるものじゃなくて、
その人の人生を、ちゃんと支えきれた、
という見方もできると思うんです。
ヘルパーとしては、
本人様たちが望んでいることを
最期まで実現できたっていうのは、
誇りに思っていいことなんじゃないかな、
というふうに考えています。
在宅で最期を迎える、という選択ですね。
はい。
それを実現するために、訪問介護があると思っています。
親族がいない、
一人暮らしである、
そういう条件が重なると、
家で亡くなると「孤独死」と呼ばれてしまう。
でも、それって本当に
悪いことなんでしょうか。
本人が望んでいた場所で、
本人の生活の延長線上で、
最期を迎えられたとしたら。
それは
「不幸な死」ではなくて、
「その人の人生が、ちゃんとそこまで続いていた」
ということなんじゃないかな、と思うんです。
田槇さんは、どう感じますか。
私も……
そんなに悪いものだとは思わないです。
巡ってくるもの、というか……
受け入れるしかないのかなって。
家にいたい、っていう願いが叶ったなら、
それでよかったんじゃないかな、って思います。
ヘルパーとしては、
その人が「家で暮らしたい」「家で過ごしたい」という希望を
最期まで支えられたのであれば、
それは誇りに思っていいことだと、僕は思っています。