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2026.09.28 Mon
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介護空白地帯を歩く/ケアマネが見つからない街。
【前編】高齢者が暮らす大規模市営住宅で今何が起きているのか
https://logicare.co.jp/journal/article/1954/
前編では、神戸市北区・桜の宮住宅をめぐり、地域の介護の受け皿が逼迫している現状を追った。地域包括支援センターは、近隣だけではケアマネジャーを確保できず、明石や灘区にまで依頼先を探していた。
その相談を受けたロジケアあかしのケアマネジャー、中来田氏は、
「困っているなら、受けてあげたい」
と考えた。
ところが、代表の佐野氏は最初、その申し出に「NO」。
明石から通い続けるには距離があり、居宅介護支援だけを単独で引き受けても持続しにくい。
しかし、現地の状況を知るうちに考えは変わる。遠方のケアマネを寄せ集めるくらいなら、地域に拠点をつくればいい。
「NO」から一転、わずか数日で鈴蘭台に現地拠点を構えることを決めた。
後編では、その判断の背景と、ロジケアが鈴蘭台で始める介護予防の実践を追う。

佐野氏が最初に反対した理由の一つが、居宅介護支援事業の収支構造だった。
ロジケアでは、居宅介護支援の報酬では十分な運営利益を出すのは難しいという。ケアマネジャーの人件費に加え、事務所、車両、通信費などの経費も必要になる。
ロジケアに限らず、居宅介護支援事業所では、訪問介護や訪問看護、通所介護などのサービスを併設して運営するケースも多い。
ところが、今回依頼が来た鈴蘭台は、既存拠点の明石から離れている。ケアマネジャーだけなら、月に一度の訪問などで対応できるかもしれない。
しかし、訪問介護となれば一日に複数回訪れる場合もある。訪問看護やリハビリも継続的に通う。
ケアマネだけが遠方の利用者を担当し、他のサービスはすべて別の事業者へ任せる。それでは、ロジケアが明石で築いてきた在宅サービスの仕組みを、そのまま鈴蘭台へ持っていくことはできない。
さらに、ケアマネジャーが鈴蘭台の利用者を担当すれば、その分、明石で新しい利用者を受け入れる枠も減る。
佐野氏はこう説明する。
「やってあげたいとか、やってあげたくないとかじゃない。構造上、難しい」
明石から鈴蘭台へ通えば、往復だけでも約2時間。善意だけで遠方の利用者を引き受け続けることはできない。ならば、現地で事業として成立する形をつくらなければならない。
そこから、話は大きく動き始めた。

鈴蘭台で新しく契約した拠点事務所。まだ手つかずの内装。
もう一つ、佐野氏が強く引っかかったことがある。
地域包括支援センターが、明石や灘区など遠方の事業所にまで声をかけ、ケアマネジャーを探していたことだ。もちろん、包括としては他に方法がなかったのだろう。
違和感を抱いたのは、大勢の高齢者が暮らす住宅を整備したあと、その支援を既存の地域包括や居宅介護支援事業所だけで何とかしようとしている構図だった。
具体的な受け皿がないまま、足りないケアマネを各地から少しずつ集めていく。
例えば同じ桜の宮住宅で、
Aさんのケアマネは明石から来る。
Bさんは灘区から。
Cさんは、さらに別の地域から。
それぞれ別の事業所が、別々に動く。
それで本当に、地域で暮らす高齢者を支えられるのか。
ケアマネジャーの仕事は、介護サービスを紹介するだけではない。
地域のデイサービス。
診療所。
自治会。
民生委員。
住民同士の集まりや、体操教室、クラブなど。
こうした地域の「社会資源」を知り、その人の暮らしとつなぐことも重要な仕事だ。
遠方から来たケアマネジャーは、その土地のことを一から調べなければならない。同じ集合住宅の中に何十人ものケアマネが別々に入り、それぞれが地域の情報を調べ、それぞれがサービス事業所とつながる。
住民同士の関係や、住宅全体で起きている変化も共有しにくいこの状態は利用者にとっても良くない。高齢者がまとまって暮らしているのに、支える側だけがバラバラでいいのか。
だったら、遠方からケアマネを一人ずつ寄せ集めるのではなく、この地域に拠点そのものをつくればいい。
発想はそこへ切り替わった。
動き出してからは早かった。
最初の相談を受けたのは6月中旬。その翌日には物件資料を取り寄せ、数日後には佐野氏自身が現地を確認し、物件を決めた。
取材時点では、鈴蘭台に独立した居宅介護支援事業所を新設したわけではない。
明石や三田など既存の居宅介護支援事業所からケアマネジャーが入り、活動するための現地拠点、いわば出張所を構えた段階だ。
将来的には管理者を置き、正式な事業所として独立させることも視野に入れている。
最初は「NO」と言っていた佐野氏。
ところが、受けるのであれば中途半端な形にはしない。
遠くから無理をして通うのではなく、その地域に腰を据える。
「NO」から現地拠点の決定まで、わずか数日だった。

2026年7月28日。中来田氏は、鈴蘭台で利用者との面談を始めた。取材日のわずか2日前だった。
それでも、すでにロジケアへ届いていた依頼は約20件。そのうち約15件が桜の宮住宅の住民。
相談内容として目立っていたのは、
「筋力が落ちてきた」
「運動したい」
「リハビリをしたい」
「外へ出たい」
「人と話したい」
といったものだった。訪問介護によって日常生活のすべてを支えてもらわなければ暮らせない。そういう状態の人ばかりではない。まだ自分でできることが多い高齢者が、少しずつ生活の不安を感じ始めている。そんな段階の相談が集まり始めていた。
佐野氏が掲げた受け入れ目標は「200件」。
もちろん、いきなり200件を担当するわけではない。
体制を段階的につくっていく。その一環として、新たに入社する新人ケアマネジャーを中来田氏につけ育成も図っていく。
新しい土地で利用者と会う。
地域包括と関係をつくる。
デイサービスを探す。
診療所や地域の社会資源を知る…
ケアマネジメントが地域の中で出来上がっていく過程そのものを、ベテランの中来田氏の隣で師弟のように学ぶ。
鈴蘭台は、地域課題に対応する拠点であると同時に、次のケアマネジャーを育てる場所にもなろうとしている。

桜の宮住宅は、洗練された新築マンションのようだ。
段差が少なく、エレベーターもある。
スーパー、コンビニ、ドラッグストア、クリニックも近い。
一見すれば、高齢者にとって暮らしやすい住環境だ。
しかし佐野氏は、そこに別のリスクも見る。
住まいが変わること自体が、高齢者にとって大きな環境変化になるからだ。
長年使ってきた道。
いつものスーパー。
顔を合わせる近所の人。
家の中で体が覚えていた動線…
転居すれば、それらが一度リセットされる。こうした住環境の変化による心身への影響を、介護の現場では「リロケーションダメージ」と表現することがある。
さらに、便利になることで日常の運動量が減る可能性もある。
以前は買い物のために坂道を歩いていた。
階段を上り下りしていた。
少し遠い店まで出かけていた。
それが、エレベーターで移動でき、買い物も近所だけで完結するようになる。
バリアフリーは、安全に暮らすために重要だ。
しかし、「段差がない」「便利である」ことと、「身体機能を維持できる」ことは同じではない。

そこでロジケアが鈴蘭台で重視しようとしているのが、介護予防だ。
「とにかく動けなくなったら、ヘルパーにやってもらいましょう、じゃなくて、
まずリハビリを導入しましょうっていうのを、ウチとしても強力に進めたいです。」
できなくなったことを、すぐに訪問介護で補う。その前に、できることはないか。
中来田氏が面談を始めると、見えてきたのは、日常生活のほとんどに介助が必要で、すぐに入居型の介護施設を必要としている人ばかりではなかった。
まだ自分で歩ける。
買い物にも行ける。
日常生活の多くを自分でこなせる。
けれど、少しずつ身体機能の衰えや生活への不安が出始めている。
介護が本格化する一歩手前。まだ「できること」が多く残っている段階だ。
さらに、今回相談を受けている人には独居高齢者が多い。
デイサービスには、運動や機能訓練、他者との交流に加え、同居家族が介護から離れる時間をつくる「レスパイト」の役割もある。
しかし独居であれば、少なくとも家族のレスパイトを目的とした利用とは事情が異なる。
そこで佐野氏が重視するのが、自宅での生活そのものを維持するためのリハビリだ。
まず本人の自宅へリハビリ職が入る。
普段の生活動線を見る。
どこで立ち上がるのか。
どこを歩くのか。
どこで転倒する危険があるのか。
生活の現場を見ながら、まだ歩けるなら、その力を維持する。
立ち上がれるなら、その動作をできるだけ長く保つ。
家の中に危険があるなら、手すりや歩行器などの福祉用具を導入し、転倒のリスクを下げる。
もちろん、必要な訪問介護やデイサービスは利用する。
しかし、「できなくなったから、ヘルパーにやってもらう」ことだけを最初の選択肢にしない。
その前に、
「今できていることを、どうすればできるだけ長く続けられるか」
を考える。
だから、リハビリや福祉用具を早い段階から入れる。
介護度が重くなるまで待つ必要はない。
まだ元気な今だからこそ、できる介入がある。
それが、ロジケアが鈴蘭台で実践しようとしている介護予防の考え方だ。
佐野氏は、桜の宮住宅を取材中、少し皮肉を込めて「天然のサ高住」と表現した。
もちろん、実際のサービス付き高齢者向け住宅ではない。市営住宅だ。
佐野氏は以前から、一部のサ高住で見られる、同じ建物内を効率よく回ることで多くの訪問介護・看護を提供するビジネスモデルや、それを支える現在の介護報酬の仕組みに疑問を呈してきた。
一方、桜の宮住宅も、多くの高齢者がまとまって暮らしているという点では、結果的に訪問サービスを効率よく提供しやすい環境にある。
ただし、その効率性を「より多くの介護サービスを提供するため」に使うのではない。リハビリや福祉用具、看護などを早い段階から効率よく届け、できるだけ介護度が重くならないよう支える。
いわば、サ高住型の「回りやすさ」を逆手に取り、
介護報酬を最大化するのではなく、良質な自立支援に生かす。
佐野氏が桜の宮住宅で考えているのは、そんな仕組みだ。
そして、その中心に置こうとしているのが「街の保健室」のような存在である。
何か重大なことが起きてから初めて相談する場所ではない。
最近、歩く距離が減った。
少し転びやすくなった。
外出する回数が減った。
家に閉じこもることが増えた。
そうした小さな変化の段階で、ケアマネジャーや看護師、セラピストが関われる。
介護事業所というより、高齢者の暮らしを見守る地域の保健室。
それが鈴蘭台で目指す姿だ。

介護予防は、今回突然生まれた構想ではない。
ロジケアは企業理念の中でも「全社をあげて取り組む介護予防」を掲げている。
考え方はシンプルだ。
病気やけがが起き、身体機能が大きく低下してから支援を始めるのではなく、まだ自立した生活ができている段階から関わる。
リハビリによって身体機能を維持する。
福祉用具によって転倒などのリスクを下げる。
必要な看護を早い段階からつなぐ。
できるだけ長く、自宅で自分らしい生活を続けてもらう。
その結果として、健康に自立して暮らせる期間を少しでも長くする。
ロジケアが理念として掲げてきた介護予防を、大規模な高齢者住宅がある一つの地域で、実際に形にしてみる。
鈴蘭台で始まろうとしているのは、そういう試みでもある。

この取り組みが成功したかどうか。
数年後、その答えはどんな数字に表れるのだろう。
要介護度なのか。
転倒や骨折の件数なのか。
入院の回数なのか。
もちろん、そうした指標もあるだろう。
しかし、もっとシンプルな風景が見えればいい。
鈴蘭台の高齢者って、なんだかみんな元気そうだよね」
外を歩いている。
買い物へ行く。
人と話す。
自分でできることを、自分で続けている。
必要なときには介護や看護の手を借りながら、それでも自宅で暮らしている。
そういう高齢者が一人でも多くいる街になれば、この取り組みの意味は見えてくる。
前編で問いかけた。
住宅をつくることと、高齢者がそこで暮らし続けられる環境をつくることは、同じではない。
鈴蘭台でロジケアが始めようとしているのは、その間にある空白を埋めることだ。
建物のバリアフリーだけではなく、身体機能を保つリハビリ。
転倒を防ぎ、できることを支える福祉用具。
生活全体を見渡すケアマネジャー。
変化を早く見つける看護師。
そして、それらを地域の中でつなぐ拠点。
介護が必要になってから支えるだけではなく、その前から支える「介護予防」。
その実践が、鈴蘭台で始まろうとしている。